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自主性と主体性は「別物」だが、「分断されていない」 ~20年以上小学生を見てきた輝育塾の認識~

教育の現場ではよく

  • 小学生には「自主性」

  • 中学生以降には「主体性」

という言葉が使われます。

ここで重要なのは、
主体性は、ゼロから突然生まれるものではない
という点です。

主体性とは、小学生時代に育まれた自主性が“土台”となり、
環境の変化とともに要請され、鍛えられていく力

――この捉え方は、発達段階としても、教育的にも、極めて自然です。

 


なぜ「主体性」は小学校では完成しないのか

小学生の子どもたちは、

  • 学習内容

  • 時間割

  • 評価基準

これらの多くを大人が設計した枠組みの中で生活しています。

そのため小学生期に求められるのは、

  • 指示を理解し

  • ルールを守り

  • 日常を自分で回せるようになること

つまり、
「自主的に動ける状態」=自主性です。

これは、いきなり
「自分で目標を立てなさい」
「自分の学びをデザインしなさい」
と求める段階ではありません。

 


輝育塾が育ててきたのは「主体性の原材料」

当施設――アフタースクール輝育塾――が、
20年以上にわたり一貫して大切にしてきたのは、

主体性を“完成させる”ことではなく、
主体性が育つための「原材料」を小学生のうちに整えること

でした。

具体的には──

  • 宿題や学習が「言われてから」ではなく「流れとして始まる」

  • 次に何をするかを、環境を見て判断できる

  • 読書や学習が、努力ではなく生活の一部になっている

こうした状態は、
すでに「主体性の芽」が内側に準備されている状態です。

 


中学生になると「主体性が要請される」

中学校に進学すると、環境は一変します。

  • 定期テストという明確な評価

  • 教科数・学習量の増加

  • 部活動や人間関係の広がり

ここで初めて子どもたちは、

  • 何を優先するか

  • どのように時間を使うか

  • どんな学び方を選ぶか

自分で判断することを求められます。

このとき――

小学生時代に
「当たり前のルールと習慣の中で自主的に動けていた子」は、
そのまま主体的に考え、行動することができる

という現象が起こります。

逆に言えば、
自主性という土台がないまま主体性だけを求められると、
子どもは迷い、崩れやすくなる
のです。

 


卒塾生が中学以降も伸び続ける理由

輝育塾の卒塾生が、

  • 中学で上位層に定着し

  • 学習を自走し

  • 進学校へ進んでいく

その背景にあるのは、

「主体性が高いから」ではなく、
主体性を発揮できる準備が、すでに整っているから

だと私たちは考えています。

 


自主性 → 主体性は、正しい成長の順序です

整理すると、こうなります。

  • 小学生期
     → 当たり前のルール・習慣の中で「自主性」を育む

  • 中学生以降
     → その自主性をベースに「主体性」が要請・発揮される

これは、
無理のない、子どもの発達に沿った教育の流れです。

ですから、

「主体性は、小学校時代に育んだ自主性がベースになって
中学生以降、要請されていくもの」

というお考えは、
理論的にも、実践的にも、非常に筋が通っています。

 


輝育塾が守り続けてきた教育の軸

輝育塾は、
小学生に「主体性」を完成させようとはしません。

代わりに、

  • 良いルール

  • 良い習慣

  • 安定した学習環境

を用意し、

その中で、子どもが自然に動ける状態をつくる

ことを何より大切にしてきました。

そしてその先に、
中学・高校・その先へと続く
本物の主体性が育っていくと、確信しています。

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投稿日:2026年01月02日